日本人が英語絵本を読み聞かせする意義は?

今回は、日本人が英語の絵本の読み聞かせをすることの意義について考えてみたいと思います。なぜこんなことを考えているかというと、やっぱり時々感じるのは「発音の上手い下手」なんですよね。私が感じていることではなく、私が周りの反応から感じることです。

英語の発音が下手だったら、英語の絵本を読むのを人に聞かせない方がいいのでしょうか?それとも聞かせてもいい?

何年も私が考え続けていたテーマの一つなのですが、そろそろ自分の考えもまとまってきたし、発表してもいいかなと思い、記事にしました。

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聞かされる英語はネイティブの発音である必要がある?

私は英語の本を読むのが大好きです。英語の絵本も大好きです。自分だけで楽しむ英語の本の読書は大好きなのですが、誰か聞いてくれる人に読むのも大好きなのです。私の場合、誰も聞いてなくてもいつも声を出して読んでいますが^^;

私が直接誰かに言われたわけではないのですが、以前「日本人は発音が下手だから、子どもに聞かせない方がいい」という意味のことを、何度か誰かが話しているのを聞いたことがあります。そういう意見が多数派かどうかは知りません。年配の方ほど、そういう考えをお持ちの方がいらっしゃるかもしれません。

なぜなら昔は今ほどいろんな国の人を自分の住む町で見かけませんでしたから、英語というと英語を母国語とする人の英語を聞くことが多かったこともあるでしょう。実際、私が中学生の時の先生の発音は酷かったです(笑)。地元の公立中学です。高校も地元の公立高校へ行きましたが、これまた酷かったです。若手の英語の先生が赴任してきて、今までの先生よりもちょっとマシと感じた記憶がかすかにあります(笑 失礼だし、えらい上から目線ですね。英語の落ちこぼれだった私なのに)

しかし今はいろんな国から来た人を見かけるようになりました。そして彼らの多くは、お国訛りの英語を話します。そういう第二外国語としての英語をよく耳にするようになると、英語のネイティブが話す英語だけが英語ではないという認識が、無意識のうちに根付くのではないかと思います。初めて聞くときに「え?訛りがきつくてわかりにくい」と思った英語も、慣れてくると普通に聞き取れるようになります。

私はそういう英語になじむことも、国際感覚の一つだと思います。そして自分の日本語訛りの英語を自分で受け入れ認めることが、国際社会に溶け込んでいくために必要なことだと思います。

それでこの章の小見出し「聞かされる英語はネイティブの発音である必要がある?」に対する答えですが、私の答えは「ない」です。

英語絵本の読み聞かせ 日本人だからできることとは?

英語絵本の読み聞かせの発音にだけ注目すると、さすがに英語を母国語としている人に私たちがかなうわけありません。でも、英語を身に付けること、英語でコミュニケーションを取ることって、発音だけが大事なんですか?

つたない英語で会話したり仕事をした経験と、またそのような環境で外国語を使って人とうまくコミュニケーションを取れる人を観察してきて思ったことは、外国語でのコミュニケーションは語学力だけでは上手にはなれないということです。これは多くの人がそう感じていることと思います。母国語である日本語でも同じですよね。コミュニケーション力に優れた人が持っているのは日本語力だけでしょうか?違いますよね。

では何が必要でしょうか。大きく言えば人間力。大きく言いすぎて、何を言ってるかわかりませんが。要するに人柄や人を惹きつける魅力(洞察力や探求心やそれに伴う知識・熱意など)。そして最も重要なのが、目の前の人とコミュニケーションを取りたい(思いを伝えたい、相手をわかりたい)と思う気持ちですよね。

英語絵本の読み聞かせも同じで、英語がよくわからない聞き手がいれば、その人に自分の伝えたい気持ちをいかにして伝えるかを、自分なりに考えなくては上手くいきません。それはもう、試行錯誤の連続です。

英語絵本の読み聞かせでは、読み手が試行錯誤してきた自分なりの方法で表現します。上手く伝わるときもあれば、伝わらないときもある。聞き手がそういう読み手の姿を見るということは、外国語を使って思いを伝える人々を見るということだと思います。

日本人が英語で読み聞かせをすることの意義は、私たちが英語を使って何かを伝えようとする姿を聞き手に見せることにあると思います。それが日本人だからできる英語絵本の読み聞かせです。

英語で読み聞かせをする人は、好きでしている人がほとんどです。自分自身が楽しいからしている人がほとんどです。私の場合は、自分が読んで面白かった絵本や聞き手にこういうお話を伝えたいという思いを込めて読みます。「子どもの英語教育のために良いから、今この英語の絵本を読む」というのではないのです。

読み手は外国語を使って、伝える楽しさを体験します。英語の上手い下手に関わらず、一生懸命に何かを伝えようとする読み手の姿勢を見て、聞き手にも顕在的・潜在的に存在すると思われる「英語を声に出すことに対する恥じらい」が取り払われたら、あちこちで日本人による英語絵本の読み聞かせが、今よりももっと見られるようになると思います。

日本語を入れちゃダメ?英語だけで読むのがいい?

近頃の私は、英語絵本の読み聞かせは聞き手の英語学習のためにするのではないという意識が強くなりました。私の気持ちはもっとゆるいもので、楽しかったらそれでいいと思う気持ちがさらに強くなりました。これまで悩んだことの中の一つに、「英語だけで読む?日本語を入れてもいい?」という悩みがありましたが、「どちらでもいい」と思うようになりました。

第一に私は英語の先生ではないし、英語絵本の読み聞かせを通じて英語を教えているつもりもありません。「こんな面白い絵本あるよ~。読んだげよか~。」という気持ちで読んでいるだけです。そしてどのように読むかは、その人次第だと思います。もしもつまらないなと聞き手が感じたら、聞いてはくれません。読み手は面白い絵本だよということを伝えたいのだから、聞いてもらえなかったらショックですよね。

ショックだったら、読み方を研究すればいいだけです。誰かの真似をするのではなく、自分のやり方を見つければいいのです。「誰かのように綺麗な発音で読まなくちゃ聞いてくれない」のではありません。単に面白くないから聞かないだけです。文字のある絵本は、読む人の読み方だけではなくイラストや本の見せ方も、パフォーマンスの要素です。声の大きさや読む人の表情やしぐさまでもパフォーマンスに大きく関わります。

英語が上手になることよりも英語で伝えられるようになりたい

英語絵本の読み聞かせでは、私は英語が上手になることよりも、英語で伝えられるようになりたいと思います。もちろん英語が上手であれば尚良いですね!でもまずは英語で伝えられることのほうを大事にしたいです。

考えてみてください。スラスラと流ちょうにきれいな発音で絵本を読んでくれるけれど、棒読みだったり無表情で読まれるとどんな気持ちがしますか?聞き手は絵本を楽しみたいのであって、読み手の英語を聞きに来ているわけではないですよね。そういうことです。

英語絵本の読み聞かせで、ちょっと難しい英単語が出てきた時に、そこにイラストがあればそれを何気に指さしたり、ジェスチャーで簡単にわかることであればジェスチャーを使い、声色を変えると理解が助けられるのであれば声色を変えればいいと思います。

あれこれ動きをいれるよりも、一言簡単な日本語を入れたらわかってもらえるものは日本語を入れたらいいと思います。どんな風に日本語を入れる、入れない、割合はどうするという部分は、人に意見を聞けば聞いた数だけいろんな答えが返ってくると思うので、最終的には自分のセンスを信じて自分で決めるのがいいと思います。

自分で決める、自分のセンスでと言葉では簡単に言えますが、それができるようになるためには、いろんな英語に触れることが必要だと思います。聞き手に喜んでもらうパフォーマンスがしたければ、自分のレベルを上げるしかありません。それもやり方は人それぞれだと思います。でも忘れてはいけない最も大事なことは忘れないようにしましょう。自分自身が楽しくなくては、誰も楽しんでくれないということを。

情熱がやっぱり大事

自分のやり方やセンスやいろんな英語に触れるなどと書きました。それに英語絵本の読み聞かせができるようになるまでには、皆さんかなり練習をしてきていると思います。読み聞かせで読む絵本を練習したとか、そういう話ではなく、英語絵本の読み聞かせにたどり着くまでに、英語学習をいろいろな形でされてきたという意味です。中には英語絵本の読み聞かせをきっかけに、英語を学ぶようになった人もいるかもしれませんね。

継続してきた人たちに共通するのは情熱です。一時頑張ろうというものではなく、常に熱い思いを持っています。読み聞かせだけではない、英語に関して他の目標を持っている人もたくさんいるでしょう。私もそのうちの一人です。

情熱が続くのは、自由な意思があってこそだと思います。「これはこうでなくてはならない」と周りや自分自身が決めてしまうと、たちまち息苦しくなります。ときめくことに出会ったら、まず行動する自由があることが情熱を冷まさないためにも必要かなと思います。

間違ってもそこに損失など発生しません。学びがあるだけ。そう思うと気が楽になりませんか?遠回りしたって、その回り道した分、いろんなものを見聞きして自分のものになっているはずです。私は散々遠回りをしてきましたが、それはそれでよかったと思っています。

何年か前は、自分が英語絵本の読み聞かせをすることになるなんて思わなかったし、そんなことは夢のまた夢でした。私が英語落ちこぼれだったと、最初の方にも書きましたが、英語の先生もあきれるほど読むのが下手だったのです!それが今、行橋で英語絵本の会の代表をして、メンバーの皆さんと共に楽しく成長しています。始めたころは、日本人なのに英語絵本の読み聞かせなんて、やっていいのかなと思ったりもしました。でも今は、日本人だからできること、私だからできることに自信を持って、目指すところまで登っていきたいと思っています。

誰かみたいになる必要はない。なりたい自分になればいいだけです!イメージしましょう。少しずつでも近づけますよ。

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